神さまのための茅葺きの家 来て、見て、泊まって、感じてほしい!
茅葺きの家は、神様が住むところ?
「茅葺きの家は、神殿ではないだろうか?昔の人は、自分たちのためではなく、神さま、仏さま、ご先祖様が住むために作っていたのではないか……そんな風に思うようになりました。」かやぶき職人で、美山町で茅葺き古民家の一棟貸しの宿「美山FUTON&Breakfast」 を経営する「屋根晴」こと西尾晴夫さんは言う。
そして、「茅葺きの家は、感謝して暮らす家でなんです。木と草の自然の素材でできた家。家族繁栄、子孫繁栄の願いが込められた家だと住んでみて実感しました。」とも。
感謝する家…茅葺きの家は次代のための家。
「昔は、家を建てるのに三世代かかっているんですよ。おじいちゃんが木を植え、お父さんが木を育て、子どもの代になってようやく木を切って、そしてさらに乾かしてやっと材木になるのです。重機など機械のない時代に、太い梁を持ち上げるのはとんでもない苦労です。昔の人が、そんな思いをして家を建て、維持し続けてきたのは、茅葺きの家は次の世代のための家だと思って暮らしていたからでしょうね。
西尾さんが言うように、そうして建てられてきた家は、築150年を超えて今も健在だ。何年もかけて育てるように暮らす家は、ご先祖様に、そして未来の子、孫に感謝する家なのだろう。
また、茅葺きの家は「太陽」「水」「空気」「土」が育てた木や草で出来ている。自然の素材で出来た家だ。家を壊しても廃棄物はすべて自然に返るものばかり。ほとんどの材料は肥料となり、次の茅を育てるのに役立つ。究極の循環型の住まいなのである。
かやぶきの魅力って?
茅葺きの家に住んでみての感想は? 魅力は?と質問をしてみたところ、
「夏は涼しく冬は暖かい。天井が高く、屋根の厚みが太陽の熱や雪の冷気を遮る断熱効果があります。合わせて、吸音性にも優れており、重厚な茅が音を吸収し、とても静かな室内になっていると思います。科学的に立証されているとは言えませんが、茅葺きの屋根には断熱性のほか、通気性や保湿性もあることから人間の身体にとって心地よい空間になるんですね。また吸音効果により、静かで安らげる空間だからこそホッとしたり、身体が喜ぶような時間が流れているのではと感じています。茅葺き屋根からはイオンなども生じているのではないかと思っています。」というのが、西尾さんが住んで実感したことだそうだ。
断熱性・吸音性・通気性・保温性を兼ね備えた茅葺きの屋根は、自然の素材の力と職人の技によって作り上げられたものである。
茅葺きの宿に泊まってみたら
かやぶきの里で知られている美山町には、現在約60棟の茅葺き家屋がある。その多くは「国の重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている美山町北地区にあり、多くの観光客で賑わっている。
町内には、茅葺きの家に泊まれる宿もいくつかある。旅館や民宿もある(この記事の最後にご紹介しています)が、西尾さんが経営する「美山FUTON&Breakfast」は、茅葺きの家一棟を、一日一組限定で丸々貸し出すシステムで、欧米の「Bed&Breakfast」を日本風にアレンジした「布団と朝ごはん」の宿。食材を持ち込んで自炊することも出来るし、ニワトリ小屋へ卵を取りに行けるなど、まるで美山に暮らしているかのように時間を過ごすことが出来る宿泊施設だ。茅葺きの古民家の使い方、過ごし方はまったく自由。そこに泊りに来られる方々の目的は、女子会であったり、三世代一緒の泊まりであったり。外国からのお客さんは、日本の伝統的家屋への宿泊体験を楽しみにしておられるなど、実に様々だ。
ライフスタイルの違いもさることながら、普段と違う茅葺きの家のなかでは、何か感じるものがあるのだろう。「茅葺きの家は、感謝して暮らす家だと思っているので、泊まりに来てくださった方にも、そんなところを体感してほしいと思っています。」と西尾さん。まさに来て、見て、泊まっての体験だ。
茅葺きの屋根は隣近所の助け合いの象徴
茅葺きの屋根は、約20年で葺き替える必要がある。4面ある屋根を順番に葺き替えていくと、また、最初の屋根の葺き替えが必要な時期が来ているといった具合だ。
屋根の葺き替えは、まず屋根の材料として、茅を刈り、乾かして保管しておく必要があるなど、葺き替えまでに手間も時間もかかる。そして、実際の葺き替え作業は、隣近所の助け合い、共同でやってきたそうだ。お金を介さずに、やってきたから人件費はなく、助け合いのみ。職人の日当も、みんなで持ち寄って払っていた時代もあるとか。隣近所が助け合って仲良く住んでいた豊かな暮らし。その象徴こそが茅葺きの家なのだと感じた。茅葺きの家には、ゆったりとした暮らしの時間が流れている。
しかし、残念なら、茅葺きの家が少なくなった現在は、茅の確保も大変で、葺き替えはほとんど職人さんに頼むようになっている。
西尾さんの人生を変えた茅葺きの家
西尾さんは、24年前に“茅葺き職人見習い募集!”という求人広告を見て、美山に移り住んだ。茅葺きは職人の世界。当時、親方は63歳、技の継承が課題となっていた。その頃20歳代の職人は全国に数人しかおらず、周囲からは「茅葺きの家がどんどんなくなっている時代になぜ?」と反対された。実際に茅葺きのことなど何も知らずにこの世界に飛び込んだ西尾さんだが、親方とのご縁で今日まで続いていると言う。その親方は、今年春に87歳で亡くなられ、今では西尾さんが親方。先代親方から託された茅葺きの技術と精神をしっかり受け継いでいる。
茅葺きによって、西尾さんの人生が決まったと言えるのかもしれない。これからの西尾さんの夢は、家のなかに牛小屋のある家。「牛と一緒に住んでみたい」そうだ。
久しぶりの茅葺きの家で・・・。
ライターの私、下伊豆も、子どもの頃、茅葺きの家に住んでいたことがある。縁側に座って、入道雲を見ていた幼い頃の夏の思い出。玄関を入ると左手に牛小屋があって、家のなかに牛がいた。土間には「おくどさん」があり、その周りでコマ付きの自転車を乗る練習をした。お餅つきをしたのも、その土間だった。子どものころの思い出が次から次へと浮かんできて懐かしい。
幼い頃のおぼろげな記憶のなかで、不思議に思っていたことを思い出した。茅葺きの家の軒先で、シャボン玉をしていたとき、多分、父だったと思うが、軒先の茅を1本引き抜いて、シャボン玉のストローにしてくれたような…? あれは本当だったのだろうか、西尾さんに聞いてみた。すると、「茅という屋根材はないんですよ。地域によって、ススキ、芦、葦、麦わらなどが使われており、それらの総称を「茅」と呼んでいるのです。」とのこと。クマ笹や琉球竹を屋根材に使うところもあるそうだ。「もし、その家の屋根に麦わらを使っていたら、真ん中が空洞になっているので、ストローとして使えたかも?」と笑いながら答えていただいき、私の中でくすぶっていた疑問が一つ解けた。
あなたも一度、神様が住む家、感謝して暮らす茅葺きの家に泊まってみてはいかが?