自給自足で生きる。リジェネラティブな生き方を体感できる場

自然に囲まれた生活を送りたい。自分の食べるものは自分で作って食べたい。自給自足の生活に憧れる人は、東日本大震災やコロナ禍を経て、増えているように思います。

かつて日本人は、自然の恵みを持続的に利用していくさまざまな知恵を持ち、自然と共に暮らしていました。しかし、高度経済成長を皮切りに、そうした暮らしは失われつつあります。

「美山に移住して、生きる力がついた」と語るのは田歌舎の高橋大介さん。田歌舎は農業・狩猟・採集・牧畜・建築など自給自足の暮らしを営みながら、宿泊やレストラン、自然体験の機会を提供しています。

持続可能な自給自足のモデル

田歌舎はかやぶきの里で有名な北村よりさらに上流、福井県との県境に位置する田歌と呼ばれる集落にあります。森林面積96%を誇る美山町で、田歌舎は2004年の創業から、持続可能な自給自足のモデルをつくり、訪れた人々にその暮らしを伝えてきました。

田歌舎にあるものは、目に映るもの、口にするもの、それらほとんどが手作りです。

「食糧自給率は9割以上。お米や野菜は約1.5haの農地で育てていますし、肉は狩猟で鹿や猪をとっています。鶏は近くの養鶏場から購入し、屠殺から肉に切り分けるところまで全て自分達の手を下しています。水は、山から湧き出る天然水を自家水道システムでひいていて、公共の水道はありません」

「また10棟以上ある建物は全てセルフビルドです。森から木を切り出して、製材して建てて。ここまで自給自足の暮らしをしているところは全国でも稀有。そんな環境に身を置いていたら、得るものは多いですよね」

さいたま市出身の高橋さんが美山にやってきたのは2016年のこと。現在は、田歌舎が提供する宿泊やレストラン、自然体験はもちろん、自給自足な暮らしに必要なさまざまな仕事を担っています。

「田歌舎ではパソコンの仕事から一次産業まで幅広い仕事を行います。僕はその中でラフティングなどのアクティビティのガイドや狩猟のインストラクター、山で木を切ったり大工仕事もしますし、田歌舎のWebサイトの手入れもします。」

自然と交わる仕事だから、季節によってさまざまな仕事があることも特徴的。

「雪解けした春先に山菜採りをして、その後畑仕事が始まります。野菜の種まきや植え付けをしたら、田植えの準備。種まきからしているので発芽をさせて苗に育てます。ゴールデンウィークから田植えが始まる頃には、山菜もコシアブラやタラノメに変わっていきますね。6月は閑散期なので、製材などの山仕事をすることが多いです。夏は宿泊のハイシーズン。宿泊対応やアウトドアのガイドをします。9月には稲刈りが始まって、田んぼ仕事が落ち着いたら冬仕込みです。暖房は薪なので、知り合いの山から倒木をもらったり山に入って木を切り出して、薪を作ります。11月中旬から3月中旬までは猟期なので、毎日山に入って獣を追いかけています。するとあっという間に、また春が来ます(笑)」

「色々やっているから仕事を一言で説明するのが難しいんです。自然に合わせて自分の仕事があります」

田舎暮らしは奥深く、飽きがこない

移住して6年半、今では自分の食べ物や住処を自分で作り、木の棒と板だけで火を起こす原始的な技を習得したり、湧水から水道の引いたりできるようになったという高橋さん。しかし、田歌舎に来るまでは、東京のITベンチャーで働き、自然とは距離のある生活を送っていたそうです。

「クラウドファンディングを日本で初めて始めた会社で働いていました。当時SNSが世の中に急速に広まった時期で、世の中の情報の流れが大きく変わりつつありました。IT業界の流れは早くて付いていくのに精一杯。自ら望んで忙しく働いて、楽しくやっていたんですけど、もうちょっと寝たいな、ゆっくりご飯を食べたいなと思うようになって。他の動物であれば当たり前にする、自分の食べ物を自分で採って作る行為を、僕はできていないことに違和感を持ったんです」

そんな折、仕事やプライベートで、全国各地を訪れる中でたまたま知人に紹介されたのが田歌舎でした。

「当時は23歳。地位も名誉もお金もない。もし田舎暮らしに失敗したとしても、リカバリーがききます。行動するなら今しかないと思い、美山に来ました。正解だったなと思います」

都市部での暮らしよりも、田舎暮らしが板についた高橋さん。自給自足の暮らしに必要な一定の知識やスキル、経験を得ましたが、それでもまだまだ新しいことができる環境がここにはあると続けます。

「大工としてよく使うスギの木だって、調べ始めたらたくさん知らない情報が出てきます。戦後植えられた経緯など歴史的な背景、杉そのものの性質など、いくらでも深められる。僕は飽き性なんですけど、田舎暮らしは奥深いし、春夏秋冬やることが違うから飽きることがありませんね」

リジェネラティブを体験できる場所へ

ここまでお話を聞いていくと、当初、高橋さんが田舎暮らしを志した目的は果たしてしまったような気がします。田歌舎で今後どのようなことをしていきたいと思っているのでしょうか。

「暮らしそのものが仕事なので境界線が難しいですが、これからも日々自分の暮らしを追求してレベルアップしていきたいですね」

その上で、田歌舎としては、宿泊やレストラン、自然体験を提供するだけでなく、リジェネラティブ(環境再生)のメッセージを発信していきたいと考えています。

「自然を再生しながら活動していくリジェネラティブは、今世界的に注目されています。でもその言葉がなかった頃から、田歌舎ではやっていて。自分達の敷地だけでもネットを囲い鹿が入れないようにしたら、地の山ワサビや茗荷を復活させることもできます」今、山の植生も荒れてきていますが、昔ながらの知恵や技術を使って僕らは回復させようともしていて。知恵と技術を次の世代に引き継ぎたいし、環境もより良くしていきたいんですよね」

そのために、美山を訪れた人がリジェネラティブを体感できるプログラムを作りたいとも。

「個体数の増えた鹿がどんぐりを食べてしまったり、芽生えた苗を根こそぎ食べて森が育たないために、下層植物がなくなって雨が降ると土砂が流出しやすくなりました。すると川の淵が埋まり、魚が暮らす場所がなくなります。山が荒れているから、川に流れ込む栄養が減って、プランクトンが減少し、魚が獲れなくなる。でも元を辿ると、鹿が増えたのも人間が狩猟をしなくなったからなんですよね」

「そうした話や、山の植生が壊れつつあることって、外から来る人はわからないですよね。だから景色や食を楽しんでもらうのはもちろんですけど、裏側の問題を知ってもらって、一緒に良くしていきませんかと伝えたいんです」

そうしたことを伝えるために、田歌舎は最適なフィールドだと高橋さんは付け加えます。

「かやぶきの里に代表されるように、美山には昔の風景がたくさん残っています。田歌舎に来てもらえたら、田舎暮らしを体験してもらえますし、今の社会に求められるリジェネラティブな取り組みも一緒に考えていける可能性を秘めている。僕が活動すればするほど、田歌舎の周辺だけでも、自然環境をより良くしていきたいですね」

リジェネラティブな生き方を実践しながら、もっと社会に広くメッセージを伝えていきたい。高橋さんと田歌舎の挑戦は、これからも続く。