茅葺き屋根には神様が住んでいる。循環型の暮らしを未来につなぐ。

美山町のあちこちで見ることができる茅葺きの家。その風景に魅せられ、一棟貸しの宿を始められた方がいます。美山Futon&breakfastの西尾佳子さんです。

「途方もない目標ですが、トタン屋根の家を全部茅葺きの屋根の家に戻したいんですよ」と西尾さんは語ります。どんな思いや成り立ちで、美山Futon&breakfastは現在に至ったのでしょうか。

茅葺き屋根を増やしたい一心から始まった

西尾さんが美山にやってきたのは、1997年のこと。パートナーの西尾晴夫さんと結婚したことを機に、移り住みました。

晴夫さんが茅葺き職人で、茅葺きの家が大好きだったことから、美山に物件を購入。茅葺きの家で家族で暮らし始めたそうです。

「だんだん自分達が暮らすだけではもったいないな、茅葺きの家の魅力を多くの人に広めたいなと思うようになりました」

当時は、京町家が注目を集め、町家を再生した飲食店や宿が京都市内に増えていた頃。イギリスで宿泊したBed & Breakfast(宿泊と朝食をセットにした簡易な宿)にヒントを得て、2011年7月、日本風にアレンジした「ふとんとあさごはん」を提供する宿として、美山Futon&breakfastをオープンします。

「運営方針は、普通の主婦ができる仕事。宿を運営したいではなく茅葺き屋根を増やしたい気持ちが大きいため、自分たちの暮らしを優先的に、無理なくできる範囲ですることを大切にしました」

こうしてまだ珍しかった一棟貸しの宿をスタート。今では町内で5棟を運営しています。

築150年の古民家。テラスのあるモダンなヴィラ。ペットと泊まれる棟。バーやワインセラーや生ビールサーバーを備えた棟。芝生や屋外BBQ場付きの棟。さまざまなタイプがあり、お客さんの要望に沿って美山で暮らすように滞在してもらえます。

訪れるお客さんは、関西圏を中心にファミリーや友人同士の利用が中心。時には海外からのご予約もあるそうです。

「美山の暮らし、古民家の暮らしを体験したい方がほとんどです。古いものを大事にしたい気持ちをお持ちの方が多いので嬉しいですね。どこかにも出かけず、囲炉裏を囲みながらゆっくり過ごされる方もいらっしゃいます」

各棟一組限定のため、お客さんと密にコミュニケーションを取れることも特徴の一つ。

「美山の暮らしをご紹介したいと思われている地元の方もいらっしゃいます。だから、地元の方にもご協力いただきながら、お客さんのご要望があればできるだけ叶えて差し上げたられるよう動いています」

例えば、海外からのお客さんとはこんなエピソードがあったのだとか。

「日本の小学校を見てみたいという強い御希望があったので、美山町や小学校に問い合わせをして、訪問を実現しました。実際の授業を見学させてもらうことができ、とても喜んでいただきました」

地域と連携した体験プログラムも充実

普通の主婦ができる仕事として、宿泊と朝食の提供というシンプルなスタイルで始まった美山Futon&breakfastですが、今ではサイクリングツアーや茅葺き体験、オーガニック農業体験などのアクティビティも用意しています。これらは全て、お客さんのご要望に応じて増やしていったもの。

「なかでも餅つき体験など美山の食文化を知れるプランが人気です。地元のおばちゃんたちと一緒に、昔ながらの杵とうすで餅つきを体験していただいています」

「竹細工体験は子どもたちに好評。竹林に入って竹を切るところから初めて、切った竹で弓矢や竹とんぼなどを作ってもらっています」

時にはお客さんと長い時間を過ごすこともあるため、お別れの際涙を流すこともあるそう。寝床を提供するだけではなく美山の人と交わり、暮らしを体験できる美山Futon&breakfast。ここでしかできない体験に、訪れた人の高い満足度を誇っています。

一棟貸しやアクティビティを運営する上で、欠かすことができないのが、地元住民との関わりです。これまで西尾さんは、棟がある地域の日役(年に何度か草刈りや排水溝掃除などのをする地域活動)には欠かさず出てきました。

「棟を買うということは、その地域に住むこと。購入してから初めて地域のみなさんとお会いするので、ご挨拶もかねて必ず参加するようにしていますね。お客さんにお貸しした後のことを、私たちは全て把握できません。一棟貸しのスタイルや使い方を住民の方にも理解していただかないといけないので、丁寧に説明させてもらっています」

5つの棟は別々の地域にあり、それぞれの日役に出ているため、日程が重なって大変な時もあるんだとか。それでも日役への参加は欠かせません。

「お客さんにも喜んでもらいたいのはもちろんですが、やっぱり住民の方に応援してもらえる形でやっていきたい。棟の掃除も、ご近所の方にお仕事として依頼していますし、棟のことや地域のことを教えていただくこともありありがたいです」

全てのトタン屋根を茅葺きの家に

住民の方の協力を仰ぎながら、外から人を受け入れ続ける美山Futon&breakfast。今後挑戦したいことはなんでしょうか。

「途方もない目標ですが、トタン屋根の家をどんどん茅葺きの家に戻したいです。美山はかやぶきの里が有名ですが、茅葺き屋根は町内全域にあります。かやぶきの里以外の地域も散策してもらえるようになったらいいですね」

「意外と知られていませんが、今はトタン屋根になっていても、内側に茅葺き屋根はそのまま残っているんです。建物さえしっかりしていれば、トタンを外して茅葺きを葺き替えて再生することができるんですよね。屋根は茅、壁は土、柱は木。自然のものだけで建てられていて、きちんと手入れをしたら半永久的に使いづけられる。それってすごくないですか」

美山Futon&breakfastは、古くなった茅を細かく刻んで堆肥として使っています。持続可能性やSDGsが注目される今、何一つ無駄にしない、循環する建物として茅葺きの家から学ぶことは多そうです。

「茅葺きの家には、神様が住んでいると思うんです。家族繁栄、子孫繁栄の願いが込められている。これから美山を訪れる人には、茅葺きの歴史や暮らし方を知ってもらいながら、環境保全や資源の循環に興味を持ってもらえると嬉しいです」

大量生産・大量消費の時代を経て、健康的な消費や暮らし方が求められています。新しいものばかりに目を向けるのではなく、古くからあるものにも目を向け、昔の人の知恵を借りることも、大きなヒントになりそうです。