一度は訪れたい「芦生の森」。玄関口で自然との付き合い方を伝える

植物の研究をしている人なら一生に一度は訪れたい、聖地とも呼べる森があります。芦生の森。美山町の北東にある、手つかずの天然林と美山川の源流。植物や動物、昆虫の生態が豊富なこの森を目指して、研究者にとどまらず全国各地からハイカーや観光客が足を運びます。

その玄関口に位置するのが、芦生山の家です。

芦生山の家は、1946年オープン2000年に建て替えられました。トレッキング、川遊び、川下りなど、豊かな自然の中でアクティブに楽しめる山小屋スタイルの宿泊施設として、多くのお客さまを迎えてきました。

そこで働く岡佑平(現在は館長)さんは、施設の運営やアクティビティガイドの育成・手配などを担っています。

「綺麗な川のそばに住みたかった」

と語る岡さんは、大阪からの移住者。全国各地を訪れる中で、偶然美山に出会い、仕事を見つけ、この地にやってきました。

環境負荷の少ないシンプルな旅を提案

芦生山の家は、有限会社芦生の里(旧:芦生なめこ生産組合)が運営する宿泊施設です。芦生はもともと林業の村でしたが、海外の安価な木材流入によって起こった国産材の価格崩壊の危機から、1963年、集落をあげて、芦生なめこ生産組合を設立。なめこや椎茸の生産・加工、また自生する山菜や狩猟した鹿や猪などの加工品を販売し、地域の資源を活かした働く場を生み出しました。

こうした取り組みは、グリーンツーリズムの先駆けとして全国から注目を集めました。

1967年には芦生にダム建設の計画が持ち上がりますが、自然を守るため住民が反対。白紙撤回になった歴史があります。自分達の暮らしは自分達でつくる。芦生の自然を守り、多くの人を招きながら未来へ繋いでいく。そんな思いが、芦生山の家には脈々と流れています。

芦生山の家のコンセプトは「環境負荷の少ないシンプルな旅」。宿泊はもちろん、日帰りで楽しめるBBQプランや数々のアクティビティなど、豊かな自然を楽しめるプランを提供しています。特に、芦生を満喫する「芦生原生林オーダートレッキング」や「芦生川旅ツアー」などは大人にも子どもにも好評なんだとか。

岡さんは、芦生山の家を訪れる人を温かな笑顔で出迎えながら、ガイドツアーの手配を一手に任されています。

ガイドに登録するのは、美山町の人を中心に近隣府県の方々。訪れる方の希望に合わせて、ガイドを依頼し、楽しんでもらえるよう調整を進めます。

最近では、子ども向けの通年プログラム「芦生 森と川の冒険学校」をスタート。森や川をフィールドに、魚を採って食べたり沢登りをしたりスノーシューをしたりと、四季折々の遊びを体験してもらいます。

プログラムの中で大切にしていることはなんでしょう。

「まずは楽しんでもらうこと。現代の子供たちにとっては教科書に書いてあるような森の仕組みを学ぶよりも、森や川で遊んだらめっちゃ楽しいやんってことを心の底から感じてもらうのが大切だと思っています。生き物の命をいただくことは、自然の恵みを感じることに直結します。なんで美味しいのか、なんで楽しいのかて理由は後から考えてもらったらいいかなと」

また、プロのガイドとして講習を受けた方だからこそできる子どもとの接し方もポイントです。

「一般的に危ないと思われることや子どもには無理だろうと思われることも、徹底的にサポートしてできるようにしています。すると、子どもが自信を持って次はもうちょっと難しいことに挑戦してみようかなと思えたり、日常生活でも新しいことをやってみようという気持ちになるのではと考えています」

広大なフィールドを活かした本物のアウトドアを提供

具体的にプログラムではどんなことを伝えているのでしょうか。

「芦生の森は、京都大学芦生研究林として管理されているため、焚き火は禁止、植物の採取は禁止などのルールが定められています。では、なぜダメなのか?を研究者にきてもらい、アカデミックな視点から学んでもらいます」

その上で、沢登りや川下りなど本物のアウトドアを体験してもらい、料理を作ってもらいます。

「料理をする時は、国立公園に指定されている他の山と同じように排水を出さないことが基本です。自分で自分のご飯を鍋で作るんですが、茹でこぼしもゼロで、焚き火の後も残しません。(※焚き火は研究林外で行っています。)火を炊くと、その下の微生物が死んでしまいますからね。微生物を殺さないように焚き火をする方法をお伝えしています。そうやって、できるだけ人間の痕跡を森の中に残さずに、たっぷり遊んでもらいます」

こうしたプログラムの意義は、参加した子どもが変わっていくだけではなく、保護者にも影響が広がっていくこと。

「河原でBBQをしてゴミを捨てていく大人をみて、恥ずかしいなとか、自然の使い方を知らんのやなとかって思えるような子どもに育てたい。だって、子どもの頃から自然との付き合い方を教えてあげたらそんな大人には育たないと思うんです」

自然との付き合い方を伝える場所に

美山に移住して17年。今でこそアクティビティのガイドとして活動する岡さんですが、移住前はアクティビティやガイドの存在も知らなったのだとか。「綺麗な川のそばに住みたい」という子どもの頃の憧れから、美山と出会い、偶然にもこの仕事をするようになったそうです。

「田舎と言えば、川があって、おじいさん・おばあさんがのどかに暮らしている風景を想像していました。子どもの頃、アトピーがひどかったのもあって、自分の子どもが産まれたら綺麗な川のあるまちに住みたいと漠然と思っていましたね」

「有機農産物を販売する食品会社で働いていたこともあったんですが、生産者のお手伝いをよくしていたので、野菜をお金で買わずに、田舎に住んだらいいんだって思って。アウトドアもその頃に始めて、いつしか平日都市で働いて休日に山へ行く生活を逆転させたいと思うようになりました」

そんな時訪れた美山で、たまたま前職のNPO法人芦生自然学校の求人を見つけて、岡さんは移り住むことになります。

「森の中で子供と遊び学ぶ仕事は、僕に向いていると感じました。自然を守らないといけないと言われることが増えましたが、自然のことをきちんと理解したり体感したりしている子どもは少ない。僕はガイドを通して、芦生を故郷のように思ってくれる子どもたちを増やしたいんです。近年、芦生の人に会いたいな、芦生に帰りたいなと思って、大人になった子どもたちが遊びに来てくれたりガイドになってくれたりしています。それがすごく嬉しい」

草刈りや雪かきなど、田舎で暮らすためにやるべきことは多い。「田舎暮らしにのんびりしたイメージを持っていたが、全然違った」と岡さんは笑う。しかし、野菜やお米の作り方一つにしても、どうやってできているのか知らないことばかりで、美山での暮らしは学びの連続だと岡さんは振り返ります。

「都市の暮らしは便利だけど、なくてもいいものがたくさんある。物がいっぱいあっても幸せにはなれません。でも、美山で得るものは全て、自分の人生の充実感に繋がっています。だから、ここにはないものもたくさんあるけど、物が欲しいとも思わないんですよね」

仕事でもプライベートでも、美山の自然と共にある岡さんは、美山を訪れる人にどんな体験をしてほしいと思っているのでしょうか。

「消費するだけの観光ではなく、美山に人が来れば来るほど環境が良くなる過ごし方をしてほしい。山菜取りに来てもらっても、自然から奪われてくだけ。河原でBBQをしてゴミを落としていく使い方は、住民にも自然にも喜ばしいことではありません。住民が外から来てくれて嬉しいと思え、訪れた人も嬉しい、そして森も川も良くなっていく使い方をどんどん発掘して行かないと、今の環境は守れないなと思います」

そうした考えを反映させた体験メニューを、現在岡さんは考案中。その一つに、川の保全プログラムがあります。

「魚を採って食べるだけではなく、バーブ工といって石積みで魚の住処を増やして生き物が増えるような手助けをしてもらったり。山を散策した時に、苗木を植えてもらったり。そんな自然との関わりや体験をしたい人に来てもらえる場所にしていきたいですね」

日本が誇る芦生の森の玄関口にある芦生山の家。だからこそ気づけることがあり、伝えたいことがある。そんな岡さんや地域の方々の思いを感じる時間でした。